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第138話 想い 1-3

「あ、お疲れ優哉くん」  二人の言葉に甘え更衣室に戻れば、椅子に腰かけていた人物がふいに赤茶色い頭を上げ、こちらを振り返った。携帯電話をいじっていたらしい彼はそれを閉じて俺に手を上げる。 「瑛治さん、久我さんが早く戻って来いって」 「あ、ほんと? もうそんな時間か」  やばっと小さく呟き、瑛治さんは放り投げられていたコックコートに袖を通す。立ち上がった彼は随分と背が高い。 「久我さんまた怒ってる?」 「いえ、怒ってはなかったですよ」  どこかおっとりした雰囲気の瑛治さんは、久我さんにいつも怒鳴られたり、使えないと言われたりしているが、実のところ一番信頼されている右腕的存在だ。なので以前なぜそんなにきつく言うのかと思わず聞いたことがある。  その理由は褒めると伸びない、だった。なるほどと思ったと同時に、久我さんは本当によく人を見ているとしみじみ実感した瞬間でもあった。 「また電話?」 「ん、今日はメール」  携帯電話をロッカーに放り込んだ彼に首を傾げると、苦笑いを浮かべて肩をすくめられた。彼はいつも休憩時間に携帯電話をいじっている。付き合っている相手にマメに連絡をしているようだ。 「先輩、怒って口聞いてくんないの」 「こないだも喧嘩してましたよね?」  仲が悪いわけではないようだが、彼とその相手とはよく喧嘩ばかりしている。喧嘩するほど仲がいいという典型なのかもしれないが、本人はそのたびに肩を落としている。

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