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第149話 想い 4-1

 静かな朝に徐々に広がる喧騒。教科準備室の窓から校庭をまばらに埋める白の群れを眺め、思わずふっと頬が緩んでしまった。こちらを見上げる視線に笑みを返して軽く片手を上げれば、至極幸せそうな微笑みを返された。それだけでなんだか胸が温かくなるのはなぜだろうか。これも忘れていた気持ちの一つ、些細な小さな幸せだ。 「思ったより見えるもんだな」  いままでそんなことを考えて見下ろしていたわけではないので、意識して見下ろすと、だいぶあると思っていたその距離は思っていた以上に近く感じた。校庭から彼の姿が見えなくなるのを確認して、僕はゆっくりと窓から離れる。 「おはようセンセ」 「峰岸?」  ふいに響いた声に驚き後ろを向くと、峰岸が戸口にもたれ腕組みしながらじっとこちらを見ていた。いつからいたのか、全然その気配を感じなかった。 「おはよう、ノックぐらいしろよ」 「した、センセが気づいてないだけ」  ゆっくりと近づいてくる峰岸に眉をひそめたら、目を細め小さく笑われた。その仕草に顔に熱が集中したのがわかる。外に気を取られ過ぎて、峰岸が来たことにまったく気がつかなかったということだ。 「さっき顧問引き継ぎの書面を貰った。やってくれるんだ?」 「まあ、本当に空いてる先生がほかにいないみたいだったし」  肩をすくめて机上に置いていたファイルを僕は手に取った。それには委員会で必要な承認書類が挟まっている。目の前で小さく首を傾げた峰岸の胸にファイルを押し付ければ、目を瞬かせ驚いた表情を浮かべる。 「もう口もきいてくれないかと思ってた」 「そう思うならするなよ」  小さな子供みたいな口ぶりで呟き、峰岸は身を屈めてこちらの顔を覗き込もうとする。けれど僕はそれをあからさまに避けてしまった。

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