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第213話 休息 10-4

「優哉くん。さっちゃんはお料理なんにもしないのよ」 「……ああ、でしょうね」 「でしょうねって、別にできないわけじゃないぞ。面倒くさいだけで」  さもおかしそうに笑う藤堂に僕は眉をひそめる。しかしその目が語るように、最近は藤堂が僕の食生活を管理しているのは事実だ。それ以上言い返すことができず、ムッと口を引き結んでしまった。けれどそんな僕を見て藤堂は至極優しく微笑む。 「ねぇ、早く火をつけちゃってよ! 折角の特上肉なんだから」  ぼんやりと藤堂を見つめていると、佳奈姉の声が響く。今日の晩ご飯はどうやら、奮発した特上のすき焼きのようだ。ダイニングテーブルにカセットコンロが設置される。 「もう、早く早く!」 「はいはい。じゃあ、みんなで早く準備しちゃいましょうね」 「おぉ、すげぇ! 霜降り」  佳奈姉の声に母は踵を返してキッチンへ戻っていく。その後を明良もまた追いかけるように去っていった。あとには僕と藤堂が残される。 「なあ、藤堂」 「……なんですか」  なに気なく呼びかけたつもりがやたらと真剣な声が出てしまい、藤堂が心配げな表情を浮かべて僕を見下ろす。 「お前に嫌われるようなこと、したか?」 「え? そ、そんなことあるわけないでしょう」  唐突な僕の言葉に目を見開いて、藤堂は慌てたように僕の腕を掴んだ。そのあまりの強さに思わず顔をしかめてしまった。 「いっ、痛いって」 「あ、すみません」 「いや、こっちもしつこかったよな」  不安や躊躇いをもっと言葉にしてくれればいいと思う。藤堂はいつも自分の気持ちを押し込んで、飲み込んでしまうところがある。そんな藤堂に対し、ちっともその気持ちに気づくことができないのが悔しい。 「……佐樹さんは、いまでも忘れられない人はいますか?」 「え?」  ぽつりと呟くような藤堂の小さな声とその問いに、僕は驚きをあらわにしたまま動けなくなった。

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