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第214話 休息 11-1

 不安は相手に伝染してしまうものなのだろうか。近づけば近づくほど、相手が見えなくなってしまうことがある。触れ合う心の面積が増えるほど心の死角も増えて、それがいつしか大きな壁になる。そして気がつけば、傍にいるつもりが遠く離れて指先も届かなくなってしまう。  ――時々、あなたが見えない時がある。  ぱしゃりという水音にふと我に返った。俯いた視線の先では、髪から滴り落ちた雫が湯に波紋を作っていた。 「さっちゃん、またお風呂で寝てない?」  一瞬、自分がいる場所がわからず目を瞬かせていると、磨り硝子の向こうから怪訝な声が聞こえてきた。 「あ、起きてる」 「もう! さっちゃんはすぐお風呂で寝ちゃうんだから。心配して見に来てよかった」  僕の返事など聞こえていないかのように、母はため息交じりに呟く。 「優哉くんが佳奈と明良くんに飲まされてるから、止めるなら早めにね」 「はっ?」  一瞬、耳を疑うようなその言葉に、ぼんやりとしていた頭がすっかり醒めた。 「お母さん、言ったからね」 「ちょ、待った、母さんがちゃんと止めろよ!」  暢気な声音で遠ざかっていく母の影に僕は慌てて湯船から飛び出した。若干血の気が下がりめまいがしたけれど、いまはそれどころじゃない。慌ただしく風呂場を出て、髪を乾かすのもそこそこに僕は大急ぎでリビングへ駆け込んだ。 「佐樹さんおかえり」  扉を開いて中を覗けば、藤堂と明良はダイニングテーブルで談笑していた。

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