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第220話 休息 12-3

「過ぎたはずなのに、もういないのに、俺といると思い出すんですか。いなくなっても忘れられないくらい、その人が好きだった?」  自分でもわかるほど声に苛立ちが含まれる。この世にいない人間にいくら嫉妬をしたって、それ以上にもそれ以下にもなれやしないとわかっているのに、膨れ上がる想いが彼を傷つける。  困惑したように俺を見つめる彼の瞳を、いまは見るのが辛い。 「すみません」  このまま続けていても堂々巡りな気がして、そっと彼の腕を解いて引き離した。けれど数歩後ろへ下がれば、俺を追いかけるように彼も足を進める。 「だから、好きとか嫌いじゃなくて」 「……じゃなくて?」  口ごもり途切れてしまった言葉に首を傾げると、ふいに彼の視線が床に落ちた。 「僕は人の気持ちを汲んだりするのは得意なほうじゃない。いままでなに気ない言葉や行動で嫌な思いさせたことも多くて、藤堂に結構おんなじことやってる時もあったから……その度に思い出して。でも、お前はなんにも言わないし」  不安なんだよ――聞き逃してしまいそうなほど小さな声に心臓が締め付けられたように苦しくなる。 「確かにその延長で昔のこと色々と思い出したりもしたけど、本当にいまはお前だけだから」  顔を上げて両拳を握る。まっすぐに俺を見つめる彼の目がわずかに潤んだ。こんな風に彼の真摯な態度や切なげな姿を見てしまうと、いかに自分が心が狭く醜いかを改めて思い知る。 「俺は佐樹さんといて、一度も気に障るようなことはなかったです。不安がないって言ったら嘘ですけど、楽しいですし、幸せだなって思ってました」 「お前馬鹿だ。なんでそんなに優しくするんだよ。いつも困らせてるのはこっちなのに、ほんとに馬鹿だ」  くしゃりと泣きそうに歪んだ顔がこちらを睨む。

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