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第232話 引力 1

 誰かを好きになるのは心に不思議な引力があるから。気づけば相手の心に、自分の心が惹き寄せられている、そんな感じ。でも惹き寄せられるのは一瞬なのに、その引力が失われるまでは、そこから離れることは難しい。  いつまでも繋がっていたいと想いは強く残る。 「振られたー、やっぱり好きな人がいるって」 「だから無理って言ったのに」 「だって、一年時からずっと好きな人がいるってわりに誰かと付き合ってる噂とか聞かないし」  放課後の会議室は昼間に比べて随分と賑やかだ。実行委員の人数そのものが昼の倍以上いるのだから、当たり前と言えば当たり前だが。三年と下級生が入り乱れているが、ほんの少しの学年の違いだけで、結構落ち着き具合や雰囲気は変わるものだとしみじみする。 「西岡先生、珈琲でいいですよね」 「ん、ああ、ありがと」  手を止めてざわめく室内を眺めていると、ふいに目の前に差し出された紙コップが視界を遮る。そのカップホルダーに収められた紙コップと手の先を見上げれば、笑みを浮かべた男子生徒が一人。ピンバッチの色が赤いので、一年だ。 「えーと」 「柏木です」 「そうそう柏木。最近名前を覚えるの駄目だなぁ、もう老化気味かな」  ぶつぶつ呟く僕を見下ろす柏木が小さく笑う。彼は生徒会役員なので昼間も顔をあわせているのだが、相変わらず名前が覚えられない。顔は覚えたのだが――物覚えの悪い僕が珍しく。 「俺の顔になにかついてます?」 「え、いや、別になにも」  思わずじっと見つめてしまったその視線に気がついたのか、柏木が首を傾げた。訝しげに細められたその目に僕は大きく首を左右に振った。

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