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第236話 引力 5
「こっち持って来いよ」
「おい、なんでここでやるんだよ」
顎で柏木に示し、僕のすぐ横に座った峰岸にため息が出た。けれど不機嫌そうな峰岸の横顔が珍しく歳相応で、可愛いと思ってしまった。
「峰岸でも苦手なものあるんだな」
「センセ、俺を苛めたら倍返しするけど?」
「別に苛めてないだろ……あ、あと一時間くらいで帰るから」
頬杖を突きながらこちらを睨む峰岸に肩をすくめ、僕は思い出したように壁時計へ視線を向けた。今日が休みなら早めに準備室に行こう。多分藤堂のことだ、また居眠りしていそうだけれど。
「センセは、仕事より恋人を取るんだ」
「うわ! 離せ馬鹿!」
ふいに浮かんだ藤堂の姿に口元を緩ませていると、いきなり横から峰岸に身体を引っ張られた。あまりの勢いに座っていた椅子が床に転がり、派手な音を立てる。
シンと静まり返った室内で僕を筆頭に、皆一様に目を丸くして固まった。
「なにをやってるんだ、お前は」
抱きかかえられ、峰岸の膝に納まっていた僕は、盛大なため息と共に峰岸の肩口を拳で軽く叩く。
「センセ、構うなら俺にしとけよ」
「あのな」
「俺、センセのこと好きだぜ」
まっすぐに告げられた峰岸の言葉に室内が一斉にどよめき、騒がしくなる。けれどそれに反してなぜか僕の口から出るのはため息で、ほんの少し寂しそうな峰岸の顔を見て、思い浮かんだ言葉にひどく戸惑っていた。
「嘘つけ、お前が好きなのは」
藤堂だろ――傍にいる峰岸に聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう囁けば、峰岸の目が大きく見開かれ戸惑うように揺れた。
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