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第238話 ヒヨコの受難 1

 そろそろ昼休みも終わる頃。ほんの少しざわめく窓の外を横目に、俺は準備室をあとにした。そしていつものように渡り廊下を過ぎ、中二階の踊り場から二階へと続く階段に向かう。しかし踏み出そうとしたその足がふいに止まった。 「……」  目の前で手摺りの陰に隠れながらも、無防備に二階を見上げる背中。あまりにも背後への警戒がおろそかなその姿を、若干呆れつつも眺めていた俺は、興味本位でその背中を指先で押してみた。 「ひっ! わっ!」  最近見慣れたその背中、もとい黄色い頭は、悲鳴を飲み込みつつも面白いくらい飛び跳ねた。 「神楽坂、なにをしてるんだこんなところで」 「……びっくりした。藤堂か」  一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、相手が俺であることを認識すると、がっくりと力尽きたように床へ両手をつき神楽坂はうな垂れる。その様子に首を傾げれば、盛大なため息がそこから聞こえた。 「もー、藤様。一体いままでどこに行ってたのさ」 「……あのなぁ、いい加減やめろよその呼び方。俺は歌舞伎役者かなにかか。しかも、既に俺の名前じゃなくなってる」  身体を起こして階段に腰かけた神楽坂に顔をしかめ、俺は目を細めた。しかし、へへっと子供っぽい表情で笑うその反応に肩の力が抜ける。  下級生辺りから広まったらしい妙なあだ名が、近頃三年の女子にまで広がり始めてきた。藤堂の藤だけとって――フジ様。最近はそれに乗っかり、女子だけでなく神楽坂を筆頭にクラスメイトが面白半分でその名で呼ぶ。

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