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第239話 ヒヨコの受難 2
「いいじゃん藤様、高貴な感じで」
「……」
嫌がる俺を無視し、神楽坂は思いきりよく口角を上げて笑った。無性にその無邪気過ぎる顔に腹が立ったので、とりあえず緩んだ口の端を指先でつまんで引き伸ばしてみた。
「いでででっ、頼むから笑顔でそういうことすんの止めて、藤堂ってなに気に黒いオーラが怖いから! 実はドSでしょ」
「勘のいい奴って、面倒くさいな」
顔をつまんでいた手を勢いよく払い落とされ、思わず眉をひそめると、神楽坂の顔がさっと青褪めた。
「ひー、ごめんごめん。なにも見なかったし知らないから」
慌てて上り階段を這うように上がっていく神楽坂の後ろ姿を見ながら、ふいにいつも神楽坂をからかう峰岸の気分がわかってしまった気がする。反応が大袈裟過ぎて見ているのが面白い。
「もー、まじで藤堂って二面性あり過ぎ。ニッシーの前だとデレデレなのにさ」
しかし神楽坂の言葉でぴくりとこめかみが震えた。これだけ能天気そうなのに、なぜこうもこの男は鼻が利くのか、甚だ疑問だ。
「なにも見なかったし、知らないって言ってなかったか?」
ため息交じりに出た声は、思いのほか感情の抜けた平坦な声音になっていた。そしてそれを聞いた神楽坂は目を丸くしたまま固まる。
「ええっ? こっちも地雷!」
「いや、悪い。別に脅すつもりはない」
あまりにも怯えた顔をする神楽坂を見ると、さすがにやり過ぎたと自身にため息が出てしまう。意外とあの人は俺にとって鬼門になりえることがある。
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