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第285話 邂逅 6-1

 思わずじっと見つめてしまったが、彼はいまだ視線の先で歯噛みしている男を見下ろしていた。 「あんまりしつこいと警察、呼ぶぞ。この辺りは巡回あるの知ってるよな」 「……だからなんだ!」  彼の言葉にギクリと肩を跳ね上げたが、男は虚勢を張るように声を上げる。随分とこの男も諦めが悪い。ちらちらと向けてくる視線に、思わず僕はため息をついてしまう。しかしふいに彼が目を細めコートのポケットへ手を入れれば、尻に火がついたかのように飛び上がり、脱兎の勢いで逃げ出していった。その逃げ足の速さにはあ然とした。携帯電話を出す素振りだけで逃げ出すなんて、男はよほど警察が怖かったのだろうか。思った以上に気が小さい男で助かった。 「あ、ちょっと待って」  しばらく転がるように走り去っていった男の背中を見つめていると、肩に置かれていた手が無言で離れていく。慌てて彼を振り向くが、こちらに背を向けて階段を下りていくところだった。 「ちょ、……待った」  自分でも驚くほど必死に、僕は彼の背を追いコートの端を握りしめていた。そして突然後ろへ引っ張られた彼は、ほんの少し眉間にしわを寄せて僕を振り返る。 「悪い……あの、これ」  目を細めたままじっと見つめられ、思わず声が上擦る。けれどポケットの中に入れていた物を差し出すと、彼は少し驚いた表情を浮かべてそれを見つめた。 「バス停に落ちてた。君のじゃないか」  差し伸ばされた手のひらにライターを預けると、彼は手慣れた様子でそれを開閉したり、ぐるりと外装に視線を走らせたりした。

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