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第298話 邂逅 8-3

「僕のこと、本当に知っていたならそう言ってくれればよかったのに」  そうしたらこんなに悩むことなかった。でも――もしかしたら彼のことを思い出せないのは、記憶にないからではなく、僕が思い出せずにいる記憶の中にいるからなのかもしれない。 「もしかしてあの日? そんなに前なのか?」  僕の中にある降りしきる雨の記憶は、忘れたいのに忘れられない。どんなに時間が流れても、どんなにほかの記憶が薄れていっても、それだけはいつまでも後悔と共に胸に刻まれている。けれど所々記憶が歯抜けになっているのも確かだった。なぜか記憶と感情が少し、思い出せない部分があるのだ。  でもそれを思い出すのが、正直言えば怖い。けれど気づかぬフリをしたままでいるが、本当にこのままでいいのだろうかと思う時もある。自分は大事なものを忘れているんじゃないか――時折、ふとそう思う。 「佐樹、薬早いとこ飲んじまえよ」 「……っ」  ふいに肩の辺りを揺さぶられ反射的に身体が跳ねた。それでも黙ったまま布団の中でうずくまっていると、その手はあやすように布団を何度も叩く。 「お前ちょっと今日は不安定になってんな。とりあえずもう薬飲んで寝ろよ。それまではいてやるから」 「僕はいつも、人に甘えてばかりだ」 「ん?」  いまこうして明良にも迷惑をかけている。母にだって余計な心配をかけた。いつでも僕は色んなことをちゃんと考えずに、言い訳ばかりをして逃げて来たんじゃないだろうか。

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