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第302話 邂逅 9-1
あの日は朝からひどい雨だった。いま思えば、薄暗い空と息が詰まるような湿気た空気が、さらに彼女の機嫌を損ねていたような気がする。
「みのり、どこに行くの」
玄関で見つけた後ろ姿に、訝しく思いながら声をかけると、彼女はなぜかいまにも泣きそうな顔で振り返った。
「実家に帰る。しばらく帰らないから」
「帰るって、こんな夜中に急にどうした」
物音で目が覚めた。時計を見たら、深夜の一時を過ぎたところだった。隣で寝ていたはずの彼女がいないことに気がつき、その姿を探して起きた僕は、彼女の後ろ姿をあ然として見つめた。どうして急にそんなことを思い立ったのか。寝起きの頭では理解が追いつかず、僕はわけもわからぬまま立ち尽くしてしまう。
「もう! 佐樹くんなんでそんなに暢気なの! なんにも考えてないんでしょ!」
ムッと顔をしかめる彼女に首を傾げれば、ますます不機嫌そうな表情で僕を睨む。
二、三日前からどことなく落ち着かない様子で、ずっと機嫌は悪かった。少しヒステリックになっていて、どうしてなんでと、彼女は同じことばかり繰り返し呟いていた。
「もうやだ!」
「みのり?」
でも僕は彼女の日々の急な変化に戸惑っていた。いまはどうしても不安定になりがちなものだと、そう母親たちにも言われてはいたけれど。それでも自分は彼女の変化について行くことができず、正直言えば困惑ばかりだった。
「雨がひどいし、実家に戻るなら送るよ」
「……もういい。私、佐樹くんといると不安になるの。なんだか一緒にいても、時々あなたのことが見えなくなる」
「え?」
「なんで、私はあなたを好きになっちゃったんだろう。もう気持ちを疑うばかりの生活は……私、嫌なの」
「みのり?」
彼女の口から紡がれる言葉に驚き戸惑っていると、こちらをじっと見つめる瞳から涙が溢れ出した。そして唇を噛んで身を翻した彼女は、慌ただしく扉を開きその向こうへと消えた。
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