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第305話 邂逅 9-4

「先に帰って、まだしばらく一人にして」 「でも」  言い募ろうとするその声を遮り、僕はゆるりと首を振った。 「家の鍵、開けっ放しかも。確認しておいてよ」 「……さっちゃん、帰ってきてね」 「うん」  その言葉にひどく胸が痛くなった。その中に含まれている意味をなんとなく悟りながら、僕は小さく頷いた。 「お母さん、おうちで待ってるね」 「……」  いまはまだなにも考えたくはない。心配そうに見られるたび、憐れまれるたび、自分がたまらなく嫌になる。どうしてもっと早く彼女の苦しみに気づいてあげられなかったんだろう。どうしてもっと早く僕は追いかけなかったんだろう。 「どうしたらよかった?」  そうどんなに問いかけても、白い布を被せられた彼女は冷たく目を閉じ、もうなにも応えてはくれなかった。今更後悔しても、なにもかもが遅過ぎた。  泣いて、泣き続けて、溢れ出るものがなくなって。もう涙が涸れてしまったんじゃないかとそう思った時、徐々になにかが音を立てて崩れていった気がする。すべてに薄い白い膜が張られたみたいで、なにもかもが遠ざかっていった。  そしてそんな僕の前に現れたのが――彼だった。

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