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第309話 邂逅 10-4
「まあ、人の家の事情を聞いておいてこっちは言わないっていうのは、ずるいか。じゃあ、歩いて話そう。少し身体が冷えてる」
ふいに笑った彼の表情に驚いていると、肩先が急に温かくなった。柔らかな香りが鼻先を掠め、慌てて彼を仰ぎ見ればまたふわりと微笑まれる。
いつの間にか、彼の着ていたジャケットがしっかりと僕の肩にかけられていた。そしてそれに満足したように笑い、彼は再び僕の手を取り歩き始める。
「あの日の晩に、あそこで俺の父親って人が死んだんだ」
「え?」
ひどく重たい出来事なはずなのに、まるで世間話のような軽さで話す彼の声に驚いた。けれど彼はそんな僕に肩をすくめて笑う。
「とは言っても、家には俺が生まれてずっと、父親をしていた人もいる」
「……それって」
「家にいるのは血の繋がらない父親で、死んだのは血の繋がりがある父親。いきなり呼び出されたあそこで、そんな人がいるってことを初めて知ったんだけどね」
「そう、だったんだ」
ふいにどこか遠くを見つめた彼の思いが、いまどれほどのものなのか僕は知る由もない。けれど彼の揺れた瞳を見た瞬間、僕は思わず強く彼の手を握りしめていた。
「正直、そんなことはどっちでも構わないって思った。けど、俺が思う以上にそれは厄介なことみたいで」
自嘲気味に笑う彼の表情に、先ほどまで見せていた少年らしさは欠片もなくて、胸が軋むように痛んだ。そんな笑い方、子供がするべきじゃない。それなのに彼の瞳は、人生に見切りをつけたみたいなひどく悲しい色を浮かべた。
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