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第355話 邂逅 20-3
おまじない――あなたが幸せになれるように。
ふと初めて出会った時の、藤堂の言葉を思い出した。いつもなに気ない素振りで繰り返すこの行為に含まれる優しさは、いつも自分を温かさで包み癒やしてくれる。いままでこうして触れられるたび感じていた、切ないような苦しさは、それを忘れている自分に対するものだったんだ。大事なことを忘れている自分に自分が伝えようとしていた。
これがどれほど大切な行為なのかということを。
「なあ、藤堂」
その優しさに、自分はちゃんと応えられているだろうか。
「なんですか?」
「進路って、どうするんだ」
「え? 進路ですか?」
突然なんの脈絡もない問いかけをされ、藤堂は一瞬固まり、ゆるりと首を傾げる。
「……とりあえず、家を出ていまのバイト先で働きながら、そこで紹介して貰った専門行く予定です」
「え、家を出るって、もしかしてあれから親御さんと、うまくいってないのか?」
専門学校へ行くまでは予想できていたが、まさか家まで出るとは思いもしなかった。
「うまく、と言うか……なんでしょうね。赤の他人同士が一緒に暮らしてる感じです。けど、いまは生活の面倒も見て貰ってますし、干渉し合わないので楽ですけどね」
ふっと困惑したような表情で笑う藤堂の様子からは、まったく好転の兆しは感じられない。
「だから……毎日バイトを入れてるんだな。お前は働き過ぎだって言うのに」
「なにかと入り用ですから」
苦笑いを浮かべて肩をすくめる藤堂に、思わずため息をついてしまった。いつからそう考えていたのか――正直、胸が痛むばかりで知りたくもない。
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