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第357話 予感 1-1

 まだ夢うつつな意識の片隅で微かに感じる遠くの気配。そして眠りから揺り起こすかのように漂うバターの甘い香りと珈琲の芳ばしい香り。  奥底にしまい込んだ記憶がまた浮上しかけた。  ――おはよう、佐樹くん  重たい瞼の裏側に、懐かしい姿が浮かんだ。声を思い出すことはあっても、その姿が浮かぶのは本当に久しぶりだった。けれどそんなことよりも、いまはっきりと見えた姿に僕は焦りを感じた。彼女の背後に立つその後ろ姿に――。 「……藤堂っ」  自分の声で目が覚めた。その瞬間、吹き出した冷や汗に僕の心臓は早鐘を打つ。  こちらを振り向いた藤堂が見せた、どこか傷ついたような寂しげな表情が頭にこびりついて離れない。 「やな夢」  意識が現実に戻ると、僕は潜り込んでいた布団から這い出て頭上の時計を確認した。どうやらいつも起きる時間より十五分ほど早く目が覚めたようだ。 「もう一回寝たら絶対寝過ごすな」  いまだ動悸がする身体をゆっくりと起こして、大きく伸びをした。すると運動不足の身体が微妙にミシミシと音を立てそうになった。 「最近やたらと事務仕事が多いしな」  軽く背中や腰を動かしストレッチすれば徐々に頭がすっきりとし始め、さらに人の気配を強く感じた。リビングと部屋を仕切る戸を引いてその向こうを見ると、キッチンに立つその人が顔を上げる。 「あら、さっちゃんおはよう。起こしちゃった?」

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