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第358話 予感 1-2
「あー、もう起きる時間だから、大丈夫」
人の顔を見るなり驚いた顔をして、母の時子が首を傾げた。そしてその反応に僕が口を曲げると、部屋の中に小さな笑い声が響いた。
「顔洗ってきたら? ……どうしたの、まだ寝てる?」
そういえば昨日の夜からいるんだったと、ぼんやり母を眺めていたら今度はほんの少し呆れたように笑われた。
「なんか、朝起きてそこに人がいるのはやっぱりいいなぁと思って」
「あっ……そうね」
ぽつりと呟いた僕の言葉に目を丸くし、母は戸惑ったように笑って視線を落とした。
「顔、洗ってくる」
どことなく気まずい雰囲気がお互いのあいだに流れ、僕は洗面所へ逃げ込んだ。
「我ながら余計なこと言った」
寝起きの頭が一気に覚めた気がする。
最近は藤堂がよく来るようになっていたので、僕にとってはなんの違和感もない言葉だったのだが――あれから随分経つが、いまだ亡くなった彼女のことは僕の前では禁句、というのが西岡家の暗黙の了解になっていた。それなのにいきなり僕の口からあんなことを言われては、戸惑うしかないだろう。
「このままじゃマズいよな」
母親に対しても勿論だが、このあいだのように彼女の件で藤堂に心配させるようなことはもう絶対したくはない。しかしそれは目の前で勢いよく流れる水のように、そう簡単に洗い流してしまえるものでもない。
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