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第359話 予感 1-3
結婚していたのは事実だし、生まれでることはなかったけれど子供がいたのも――彼女のことを大切に想っていたことも事実だ。
「けど、これから先あんな夢で目覚めるのは絶対に嫌だしな」
さまざまな過去の記憶が頭をよぎるが、すでに僕の中では藤堂を想う気持ちのほうが何倍も強くなっている。藤堂を悲しませたり傷つけたり、そんなことにならないようにしなければ。せっかく藤堂を繋ぎ止めることができたんだ、自分の弱さで彼を二度と失いたくはない。
いまは一つずつ片をつけて、確実に二人の時間を歩いて行きたいと心から思う。
「ねぇ、さっちゃんちの冷蔵庫に物が入ってて、お母さんびっくりしたの」
「は?」
リビングに戻ると、母は開口一番のんびりとした声音でそう呟いた。そんな彼女の言葉に僕は眉をひそめて首を捻る。
「だって去年ここに来た時は、お水と牛乳しか入ってなかったのよ」
「そ、それはたまたま」
「お母さん本当に心配したんだから」
キッチンからカウンターへ腕を伸ばし皿を並べると、母は口ごもった僕を見て少しとがめるように目を細めた。
「最近は朝ごはんもちゃんと食べてるの?」
「ん、まあ」
毎朝珈琲で済ませていたところに、ハムエッグとトーストが加わっただけだが。
「容器に入ってるお惣菜は、さっちゃんが作ったなんてことないわよね」
「ああ、んー、まあ無理だろうな」
それは藤堂が毎日のように持たせてくれる晩ご飯だ。
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