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第363話 予感 2-1
まだひと気も少ない早朝。準備室へ続く渡り廊下の手前で二つの手が振られ、俺は軽く片手を上げてそれらに返事する。
「じゃあね」
「優哉、また教室でね」
「ああ」
これは最近のよくある場面。いままでは時間がギリギリでそんな余裕などなかったが、近頃は早起きに苦がなくなり清々しいとさえ思う。
「人間、慣れればなんとかなるもんだ」
寝起きの鈍さはいまだにあるものの、彼を思えば毎日苦痛だった朝がいくらかマシに思えてくるのだ。片手にぶら下げた紙袋を見下ろし、いままでの自分を振り返れば、自分のことながら思わず苦笑いしてしまう。
「……先生」
けれどなんとなく浮ついた気分のまま準備室の前に立った俺は、開け放された戸をノックしかけ固まったように動けなくなった。
自分だけを信じて欲しいと言った彼を、信じていないわけではない。ただ彼は自分へ向けられる感情にほんの少し鈍くて、それを見ているとすごく焦らされることが多い。それが故意ではないということはわかっている。だからこそ一人慌てふためくことも馬鹿馬鹿しいのだと、そんなこともわかってはいるのだ。
けれど――。
「やっぱり俺、この人に試されてるのか」
そんなことは絶対にありえないとわかりつつも、重たいため息がもれた。
「ん? あ、おはよう」
ぽつりと呟いた俺の独り言に気がついたのか、彼はいつもと変わらぬ笑みを浮かべて振り返った。
「おはようございます」
「どうした?」
でも俺の心情などまったく気づいていないのだろう。柱にもたれ頭を抱える俺に、彼は不思議そうに首を傾げる。
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