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第367話 予感 2-5

 大きく顔を左右に振って俺をじっと見つめる彼に、笑みを浮かべて見せればほんの少し頬が桜色に染まる。そしてそんな表情の変化に驚きながら立ち上がると、急に袖を掴まれた。思わず俺はその手と、彼の顔を何度も見比べてしまった。 「どうしたんですか」 「あ、いや……別に」 「別に?」  歯切れの悪い彼に俺は首を捻り、俯いた顔を覗き見た。するとその視線から逃げるようにして、彼は俺の胸元へ顔を埋めてしまう。 「……わざとなんですか。俺はそんなに我慢強いほうじゃないですよ」  以前から見れば随分と忍耐力がついた気はするけれど、それでもこんな風に近寄られると、どうしても触れたくなる。 「佐樹さん」  ここでは呼ばないと約束をしている彼の名を、あえて耳元で囁いた。その瞬間ぴくりと震えた肩がたまらなく可愛くて、こめかみに口づけてしまう。けれど今度は背に腕を回し抱きつかれた。 「え、ちょっと……佐樹さん?」  我に返って離れるだろうという予想を裏切るその行動は、戸惑う俺などお構いなしだ。それどころか離れまいとするように、抱きつく腕の力をさらに強くする。 「ほんと適わないな」  自分から学校ではスキンシップは禁止だと言うわりに、いざとなるとこうして触れてくるのはいつも彼のほうだ。 「どうしたんですか? なにかあったんですか」  でもそれは決して口にはしない彼の寂しさの現れ。そしてそれを読み取るたびに、自分の器の小ささを感じてしまう。どうしてこんなにも近くにいるのに、この人に不安を感じさせてしまうのか。自分はまだ彼の頼りにはならないのかと、少し悲しくなる。

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