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第376話 予感 4-4

 黙って立ち尽くす僕に再び手を振って、新崎先生は職員室へと向かって歩き出した。その後ろ姿が見えなくなると、僕は無意識のまま早足に準備室へ向かった。そして駆け込むように準備室に入り後ろ手でその戸を閉めれば、抑える間もなく僕の目から涙が溢れ出した。堪え切れない嗚咽に喉が痛くなる。 「全然、気づいてなかった」  周りの優しさにひどく胸が痛くなった。あの事故以来、人の存在や感情がわずらわしくて、職員室へ向く足が徐々に少なくなり先生たちとの会話も減った。殻に閉じこもるようにいつの間にかこの場所が自分の居場所になっていた。そしてそれを黙って見つめ、時折気遣い声を投げてくれていた周りの気持ちを考えることをしてこなかった。 「そういや、おめでとう言ってない」  唯一の同期である飯田が今年の初めに結婚したと、なんとなく耳にしていた。でもきっと本人もほかの先生たちも、一線を引く僕にそれを直接伝えることができなかったのだろう。綺麗な少し年上の彼女が自慢だと言っていた飯田は、きっと以前なら真っ先に僕へ報告していたに違いない。でもそんな些細なことさえも躊躇わせてしまう、空気を僕が作ってきたんだ。  「なにやってんだ僕は」  いままでまったく見えていなかったものが、聞こえていなかった声が、最近よく聞こえるようになった気がする。知らず知らずのうちに背を向けていたものに向き直り始めている自分に気づいた。

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