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第377話 予感 5-1

 人は他人に触れないままでいると、どんどんと触れられるものも見えるものも減っていく。そしていつしか自分の世界が狭く小さくなって、身動きが取れなくなった自分に気づいた時にはもう自身の力ではどうにもならない。それはまるで砂地獄みたいにすべてを飲み込んでいく。でも気づかないあいだに、傍で見守ってくれる人たちの優しい手で僕は救い出されていた。  藤堂が傍にいてくれるようになって、それに少しずつ気づくことができるようになってきた。いつも道から外れて立ち尽くす僕を、藤堂がいつの間にか導き正しい道へと戻してくれる。 「どーしたよ、センセ。お疲れ?」 「え?」  ぼんやりとした思考がふいに感じた背中の重みと声に引き戻される。判子を片手に持ち、じっと紙を見つめていたらしい僕が顔を持ち上げ振り返ると、無遠慮に大きな手が髪の毛をかき回した。 「重い、退け」  いつまでも人の頭を撫で回す峰岸の手を振り払おうとするが、その手を掴まれてそれをさえぎられた。そしてのしかかる重みでさらに身動きを封じられてしまう。  相変わらず峰岸は人の背後に回り貼りつく。 「癒やしが足りないのかと思って、俺がこうやって癒やしてやってんだろ。センセ最近つまんないな反応が」 「いい加減、怒るのに飽きた」 「……あいつと同じこと言うなよ」  小さなため息と共に背中の重みがすっと離れた。それを追うように視線を向ければ、峰岸は肩をすくめて自分の椅子に座る。そしてその姿を見た僕は思い出したように周りを見回した。  気がつけば僕はまた、心配と怪訝さを含んだ視線に見つめられていた。

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