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第392話 予感 8-3
「それは、いまにも泣きそうな顔で言うことか?」
掴まれた腕がたまらなく痛い。でもなぜかそれよりももっと、峰岸のほうが辛そうで苦しそうで、その手を再び振りほどこうとは思えなかった。そしてそれをはぐらかすうまい言葉も見つからず、お互い視線を合わせたまま時間が止まったような気がした。
「なにしてるんだ二人とも」
ふいに背後から聞こえてきた声に、僕は驚きと焦りで肩を跳ね上げた。
「あ、飯田」
恐る恐る振り向けば、飯田がどこかあ然とした面持ちで立っていた。久しぶりに言葉を交わした場面がこんな状況になるとは思わなかった。けれどそんな戸惑いに気づいたのか、飯田は僕の腕を離さない峰岸を一瞥して大きく息を吐いた。
「峰岸、西岡先生を離せ。困ってるだろ」
少しとがめるような飯田の口調。
その声に峰岸はふっと表情を消して目を細めた。そしてその瞬間を見てしまった僕は、なにかとても嫌な感じがして鼓動がやけに激しくなった。峰岸はこんな風に人を見下すような、冷たい目をしたりしないはずなのに。人をからかい無邪気に笑ういつもの姿までも、どこかへ消し去ってしまった。そんな気がする。
「あんたらって、いっつもそうやって上っ面しかのことしか見ない。面倒なことは誤魔化して真実には蓋をする。そのくせ上から目線で反吐が出る。そんなやつの言うことなんか聞けねぇ」
「は? なにを言ってるんだ。わけわからないこと言ってないで」
「大人って、いつだって自分の都合で他人を振り回すよな」
なぜだろう。言葉は確かにナイフのように鋭利なのに、内側にある心は脆いくらいに傷ついて震えている。いまの峰岸はなぜだか泣いているみたいに見えた。
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