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第393話 予感 8-4

 飯田を見る目は鋭くて手に負えない猛獣みたいなのに、腕を伸ばして抱きしめてやりたくなる。どうしてそんなに傷ついた悲しい目をしているんだ。 「……飯田、なんでもない。峰岸は悪くないんだ」  藤堂も峰岸も本当に心が大人だ。二人ともそっくりで見ていると心配になる。  物わかりがよくて、とっさにつく嘘がうま過ぎて。僕たちはそんな彼らの偽りの姿に騙されてしまう。この子なら大丈夫、きっと大したことないって思ってしまうんだ。でも違う。彼らはほんとは繊細で傷つきやすくて、だから心を固く防御しているだけ。いまの峰岸は胸に溜まるなにかを飲み込んでしまっているように見えた。 「でもセンセは俺が守ってやる。あんただけは特別だ」 「峰岸?」  ふっと自分の目の前へ落ちた影に僕が気づいたのと、飯田のあっ――という小さな声が耳に届いたのは同時か。目を見開いた僕の唇に優しく触れた峰岸のそれは、まるでスローモーションみたいにゆっくりと離れて行った。 「こら峰岸っ」  驚いている僕にやんわりと目を細めて笑った峰岸は、飯田の怒声など気にも留めない様子で身を翻した。そして素早い動きで靴を履き替えると、生徒玄関の扉を押し開きその姿は小さく見えなくなった。 「だ、大丈夫か? 西岡?」 「……あ、ああ。大丈夫、ちょっとびっくりしただけだ」  慌てたように僕に駆け寄る飯田は、去って行った峰岸と僕とのあいだで視線をさ迷わせながら、言葉が見つからないのか魚みたいに口をパクパクと動かす。 「びっくりしただけって、のんきな」 「油断したな」  怒るとか嫌悪とかそんなのを通り越してなんだか笑えてきた。それは去り際見せた峰岸の笑みに、少しほっとしたからなのかもしれない。

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