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第403話 予感 10-5

「センセ、いまが幸せなんだろうな。可愛いくらい真っ白でまっすぐで……見てると危なっかしい。あんまふわふわしてっとお前ら、どっかで怪我するぜ」 「余計なお世話だ」  わかってる。  そんなことはわかっている。お互いの気持ちが寄り添う度、少しずつ氷が溶けるみたいに張り詰めていたあの人の心も緩やかに変化してきた。でも時折甘えてくれるそれが嬉しいと思う反面、まっさら過ぎて危ういと思えてしまうこともあった。いままで人に対して壁を作っていた彼が、他人に無防備な笑みを浮かべる。いいことだけじゃなくて、悪いことまで引き寄せそうで怖い。  あの人が見かけによらず強い人だというのは知っている。なによりも自分より大人で聡明だ。人の心の機微には敏感でそっと手を伸ばしてくれる優しささえある。でも彼の笑顔が誰かのせいで傷つけられてしまうのは嫌だと思う。もしその誰かが自分だったりしたら、自分自身が許せないだろう。  周りが見えなくなるような恋をしている。そのことに自覚はある。 「お前さ、頭に血が上ると周り見えなくなるだろ? 二人で自爆すんなよ。俺ができんのはお前らの外っ側の虫、追っ払うくらいだ」  やっぱり面倒くさい予感は的中だ。  峰岸の勘はいままで外れた例しがない。いつだって先にキレるのは自分で、でもこいつは飄々とした顔でそれをうまく片付けてしまう。周りの抱くイメージとは異なり自制心がないのは俺で、冷静なのはいつも峰岸だった。それなのに警告だけで身を引かれた。それは本当にどうにもならないようなことが起きると、言われたようなものではないか。 「なぁ、優哉。見失うなよ」 「……」  立ち尽くした俺を呼ぶその声を、随分と久しぶりに聞いた気がした。峰岸が自分をいつからそう呼ばなくなったのか、それさえも忘れてしまった。 「じゃあな」  俺の肩を軽く叩き、足早に横を通り過ぎて行った峰岸の背中を振り返ることが俺はできなかった。振り返ったその先に、見えない一線を引かれたような気がした。

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