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第424話 波紋 4-2
「こんなところにいたのね、探しましたわ」
しんと静まり返っていた場所に蝶番が軋む音と、ため息交じりの声が響く。その声に俺は思わず肩を跳ね上げた。
普段から二階の準備室以外は使われることの少ない旧校舎。その一階は半ば倉庫で鍵が壊れていることさえ気づかれていない。誰も来ることはないだろうと思っていたその場所へ、ふいに現れた人の気配。予期せぬことで身体に緊張が走る。
「私、手間のかかる殿方は好きじゃありませんの」
ゆっくりと背後から歩み寄る気配に振り向けば、どこか呆れたような眼差しで鳥羽がこちらへ近づいてくる。
「湿布と消毒液、どちらが必要か悩んだんですけど。こちらが正解のようね」
身構える俺の様子などまったく気にも留めずに、鳥羽は消毒液を片手に持ち、空いた手をこちらへ差し出してきた。
「屋上の扉に使われてる磨りガラスは意外と高くつくのに、本当に困った方ね。でも大人しくその左手を出してくださったら、請求はしませんわ」
にこりと微笑む表情とは裏腹に、鳥羽は有無を言わせぬ調子で握りしめた俺の左手を掴む。そして微塵の遠慮さえもなく、そこに大量の消毒液をこぼした。
途端に走ったしびれるような痛みに思わず顔をしかめれば、満足げな笑みを返された。
「ガラスを叩き割る根性がおありなら少しは我慢してくださいね」
「相変わらずいい性格してるな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
用意周到に、消毒液で流れ出たガラスの破片をピンセットでつまみながら、にこにこと笑う鳥羽の姿に思わず気の抜けたため息が出てしまった。
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