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第437話 波紋 7-1
昔からずっと物事に執着することは少なかった。歩いていくために不必要だと思ったものや不自由と思ったものは、簡単に捨ててしまえた。でもいまはどんなことがあっても手離したくない存在がある。それほどに彼は自分の中で大部分を占めていた。あの人がいたから自分を諦めずに生きてこられた。
だから彼を失うくらいなら、なにもかも自分のすべて、捨ててしまってもかまわないとさえ思う。
深夜と呼ばれる時間帯。しんと静まり返った空間でなんの気遣いもせず、がたがたと物音を立て歩き回る気配を感じた。
耳を澄ましもう一度その音を確認すると、ベッドに預けていた身体を起こしゆっくりと部屋を出る。そして階段を下りて明かりが点るリビングの扉を開けば、ふっと煙草の臭いが鼻先を掠めた。
「……嫌だ、おどかさないでよ優哉。私がいるのにあなたが部屋から出てくるなんて、珍しいわね」
突然開いた扉にほんのわずか戸惑いを感じさせた背中は、俺を見るなり肩をすくめて笑った。
「川端から電話があった。あれはどういうことだ」
「どういうことって、雅明さんから聞いたんでしょ?」
「俺が聞きたいのはそういうことじゃない」
「じゃあ、なぁに?」
わざとらしく驚いた表情を浮かべ、胸元まで伸びた緩く波打つ髪を指先に巻ながらふっと息を吐き出す。不機嫌そうに目を細め首を傾げてみせるその仕草は、いまこのやり取りが面倒くさいと言いたいのだろう。
「俺の知らないところであんたがなにをしようがどうでもいい。それに俺を巻き込むな」
「いい話じゃない。お金も寄越さないろくでなしの子供でいるよりも、向こうへ養子に入るほうがずっと幸せだわ」
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