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第439話 波紋 7-3
俺が実子ではないと知るまでは、妻に振り回されながらもそれなりに旦那として、親として役目を全うしようとしていた。そんな男が騙されたと知って、この家と女に愛想を尽かし、若い女へ走ったところで責めようがない。
「まったく、こんなことならあなたの父親を選んでおけばよかったかもしれないわね。そうしたら今頃、保険金や遺産だって貰えたかもしれないわ。あの人、私といた頃は大した腕もないパティシエだったけど、いつの間にか海外に店を持つほどになっているんだもの」
「死人の金にまで手をつけようなんて、本当に金のことしか頭にないんだな。あんたが疫病神なんじゃないのか」
「言ってくれるわね。私はただ先の見えない相手を選ばないだけよ」
「……詭弁だな」
ある意味、俺の父親はこの女に見限られて幸運だっただろう。短い人生だったかもしれないが、少なからず自分の道を歩いた。
「あら、どうしたの? 本当の父親のことが気になったの? あの人とは一度顔を合わせただけだものね」
「別に、気にしてない」
まったく興味がないと言えば嘘になるが、今更死んだ親のことなど知ったところでなにが変わるわけでもない。
「あなたは私によく似てるから、あの人にはちっとも似ていないわね。のんびりしていてお人好しで騙されやすくて、馬鹿みたいに誠実な男よ」
「あんたに選ばれなくて幸せだったろうな」
「なぁに、それは嫌みのつもり?」
長くなった煙草の灰を灰皿に落とすと、わざとらしく鼻先で笑う。そして俺が不快をあらわにすればするほど、それを見て口元に笑みを浮かべた。
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