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第446話 波紋 9-1

 午前の催しも終わり、いまは昼休憩。しかし休憩と言っても、学校サイドの僕らに休憩というわけではない。すぐそばにある教室の入り口からは、賑やかな話し声が聞こえてくる。中に入れば学校関係者や親族、それに伴われてきた人たちが広いはずの特別教室を埋め尽くしている。先ほどまでは僕もあの中に引き留められていたのだが、うまく交わし逃げ出してきたのだ。 「西岡先生!」 「ん?」  慌ただしさから逃れ廊下の隅でぼんやりしていると、ふっと現実に引き戻された。 「先生、A備品の鍵持ってませんか?」 「え、ああ。持ってる」  目の前まで走り寄ってきたのは生徒会補佐の柏木だ。彼はじっと見つめ返す僕に戸惑っているのか、訝しげな表情を浮かべた。そんな表情に僕は再び我に返って、誤魔化すように作り笑いをした。 「悪い、ちょっと幻覚を見た」 「は?」  思わず呟いた僕の言い訳に、柏木はますますわけがわからないという顔をする。もちろんその意味はわからなくて当然だ。というより、気づかれても困る。  柏木は顔立ちが藤堂に似ている割に、声はあまり似ていない。だから振り返った瞬間、幻覚が見えたような気がした。走り寄る柏木が藤堂に見えて、心拍数が上がった気がする。色んなことが一段落したら、この藤堂不足を早く補わなければいけないと本気で思ってしまった。  柏木に気づかれぬよう、僕は重たいため息をついた。

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