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第448話 波紋 9-3
「そうか、だったら誰かに声をかけてくればよかったのに。神楽坂とか、野上とか」
一つ二つ足りないわけではないだろう。それならばそれを運ぶ人手も必要だ。そう思いなに気なく名前を挙げたが、なぜか柏木は口をつぐんでしまった。途端に大人しくなった柏木に思わず首を捻ってしまう。しかし黙々と歩くその背を見つめ、僕もようやく気がついた。
「あ、野上となにかあったのか?」
「西岡先生」
考えるよりも先に言葉にしてしまい、失敗したと思った。ゆっくりと振り向いた柏木の目が物言いたげに細められた。その恨めしそうな視線に僕はただ苦笑いを返すことしかできなかった。
「悪い」
「別に、なにもないです。ちょっと避けられてるだけで」
「それって、なにもないって言わなくないか」
思った以上に深刻そうな返事で言葉が続かない。創立祭の準備や進行で慌ただしく、そこまで気が回らなかった。一体いつからそんなことになっていたのだろう。午前中に会った野上は相変わらずの能天気ぶりだったけれど。
「わかってたことなんでいいんです」
「もしかして野上に言ったのか?」
「……」
「で、避けられてるのか」
柏木が野上を好きだということは、生徒会の人間なら誰しも気づいていることだった。気づいていないのは当の本人だけだ。
「あんなにわかりやすい態度とってるのに、気づかないもんなんだな」
「普通、気づかないもんですよ。当人から見れば、世話好きな後輩に懐かれてるくらいの感覚でしょう。まさか男に恋愛感情もたれてるとは、夢にも思わない」
自嘲気味に笑い、ため息を落とす柏木に言葉が詰まる。それと共になんだか胸の辺りにグサリグサリと刺さるものがあった。
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