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第452話 波紋 10-3

「じゃあ、時間ないのでこれは持って行きます。西岡先生、わざわざ時間割いてもらってすみません」 「え? あ、ああ」 「だから、俺にその言葉はないのか……ったく」  さわやかな笑みを浮かべ軽く頭を下げると、柏木は廊下で立ち止まっていた僕が振り返るよりも先に、廊下を軽快にすべる台車と共に横を通り過ぎていった。そのあっという間とも言える柏木の行動に、あ然としてしまう。そしてそんな柏木の背中に、峰岸が小さく舌打ちをした。 「調子がいいんだよな、あいつは」 「へぇ、ちょっと意外だった」  自由気ままで個性的な生徒会役員の中でも、まったく物怖じをしない肝の据わった子だなと思ってはいたが、見かけによらぬずる賢さがあるようだ。僕の中で柏木は一番大人しく真面目な印象だったので意外な側面だ。 「外面がいいんだよ。一年は一人だからって、連中が甘やかすから態度がでかくなるんだ」  苦々しい顔で再び息をつくと、峰岸は備品室の鍵を鍵穴に差し込みゆっくりと回した。するとまるで峰岸の気持ちを表すかのような、鈍く重たい金属音が扉の内側から聞こえてきた。 「で、センセはその微妙な間合い、無意識か?」  鍵束を指先で回しこちらを振り返った峰岸は、僕をじっと見ながらこちらへ向かい足を踏み出した。 「無意識か」 「え?」  肩をすくめて笑った峰岸の表情に疑問符が浮かんだ。けれど意味がわからず首を捻ってから、自分が少しずつ後ろへ下がっていることに気づいた。

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