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第458話 波紋 11-5
僕が過ごしてきた日常とはまったく違う藤堂の世界。それは想像するよりもずっと冷たくて、胸が痛くなる。家族と笑い合うこと、誰かと一緒に食卓を囲むこと、そんな些細なことが嬉しいと、幸せだと言っていた藤堂の気持ちがいまになってわかる。誰もが皆、当たり前に与えられていると思ってるだろう、親からの無償の愛はここにはない。どうやっていままで自分を支えて生きてきたのか、考えるほどに切なくて苦しくて堪らない。
「だから行けって言ったのに」
「……」
僕の身体を抱きとめていた峰岸の手が、そっと僕の目を覆う。手のひらで作られた小さな暗闇で瞼を閉じると、胸の奥から湧き上がってきたものが僕の頬を濡らした。
悲しいわけじゃない。いまはただ悔しくて仕方がないんだ。
「つまらない夢を追いかけてどうするの。専門学校なんて行く必要はないわ。あなたは雅明さんの養子になって、あの人が推薦してくれる大学へ行けばいいの」
藤堂がやっと見つけた夢も未来も、意味のないものだと切り捨てようとする。
彼女の中には自分の描いた道筋しかないのか。だから藤堂の人生やほかのものすべて、自分の思いのままに動かす駒のひとつとしかとらえない。きっと思い通りにならないものは、力ずくでねじ伏せていく。
「俺はあの人の養子にもならないし、大学なんて冗談じゃない」
そうしてねじ伏せられていくうちに、自分でなにかを望むことが無駄なことで、意味をなさないことなんだと錯覚する。藤堂がすぐに自分の言葉や想いを飲み込んで我慢してしまうのは、こうした日常で身に付いてしまった癖だ。
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