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第472話 決別 1-1

 慌ただしかった創立祭も終わり、そのまま今度はテスト期間へと入った。春を過ぎてからバタバタと色んなことが過ぎていく。でもあれから拍子抜けするくらいなにも起きなくなった。家でたまに顔を合わせると、向こうはなにか言いたげな顔をしているが、それでも言葉を交わすことはない。  記憶にある限り、母親はあの家では絶対権力者だった。なにをするにもあの女の言葉が最優先にされ、それを退けることは許されなかった。なにか気に入らないことがあれば、こちらの都合などお構いなしに当たり散らされるのは日常茶飯事で、そんな環境の中いつしか俺は諦めることが楽なのだと思うようになった。でもそれに耐え切れなくなった父親は、いつの間にかその絶対支配から逃げ出していた。  その時には既に実の父親でないと知ってはいたが、その日までは確かに俺の父親だった。物心ついた頃からあの女を母親と思えずにいた俺にとって、唯一の家族だったのだ。だから余計に捨てられたのだという気持ちが強かった。でもいま思えば、途中でどこか壊れた俺とは違い、あの人は本当に普通過ぎるくらい普通の人だった。そんな人があの家で生きていけるわけがないのだと、今更だけれど気がついた。  長く暗いトンネルを歩いていたが、いまは目の前がひらけた気分だ。 「あれからなにもないのなら、よかったですわ」 「なにもなさ過ぎて正直怖いけどな」 「あら、あなたに怖いものがあるなんて意外」  グラスの中のアイスカフェオレをストローでかき回し、鳥羽はどこか面白がっている様子で小さく笑った。目の前でため息を落とした俺にますます笑みを深くし、書き込み一つない綺麗な教科書を静かにめくる。

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