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第484話 決別 3-5

 俺はそれを横目で見ながらキッチンに立つ弥彦の元へ行き、言いつけ通りに手を洗った。この家で弥彦の言葉に逆らうものは容赦なく食事は与えられないのだ。 「おじさんまだ帰らないのか」 「ああ、うん。今日も残業だってさ」 「そうか」 「休みの日に遊びに来いって言ってたよ」  会社勤めをしている弥彦たちの父親はいつも残業が多く、帰りが遅いことが多い。食器の数に俺の頭数が入っているのならば、今日もまだ帰らないのだろう。 「あ、貴穂は座らせておいていいよ。すぐご飯だから」 「ん? ああ」  弥彦が言うように抱きかかえたままの貴穂をチャイルドチェアへ下ろそうとしたが、首を振り嫌がるので仕方なく来客用の椅子を引いた。そのまま膝に抱えて座ると、貴穂はテーブルの上にあったおもちゃに手を伸ばす。 「おじさんは休みの日はデートじゃないのか」 「うん、そうそう。しょっちゅう、あっちゃんと貴穂も連れておばちゃんと四人でデートしてるよ。でもほんと、父さん優哉に会いたがってたよ」 「……そうか」  近頃は足が遠のいていたこともあって彼らの父親にしばらく会っていない。でも実の親でさえそんなことを気にしないのに、近所の子供のことを当たり前のように気にするのはごく普通のことなのだろうか。慣れない人の感情を目の前にすると不思議な気持ちになる。  弥彦やあずみたちといると自分の中にある、普通――というものが曖昧で不確かでよくわからなくなってしまう。

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