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第511話 決別 8-3

「俺もね、浮かれてるんですよ」 「え?」  目の前で至極綺麗な微笑みを浮かべた藤堂に驚いた瞬間、唇に触れたぬくもりでさらに驚いた。いや、驚いたというものではない、それを通り越して一瞬だけ息が止まった。 「こうして二人っきりでいられるのは久しぶりでしょう?」  驚いて固まっている僕にふっと小さく笑って、藤堂は僕の手を引いて歩き出す。そして頭が混乱状態の僕は、わけもわからぬままその歩みにつられてあとに続いた。エスカレーターで下りて、駅の構内を歩いて、改札前に来てからやっと僕は我に返った。 「浮かれ過ぎだっ」 「……反応遅過ぎ」  僕の言葉に破顔して吹き出すように笑う藤堂は、それはそれはもう幸せそうな顔をする。そんな顔を見せられると、これ以上なにも文句を言えなくなってしまうではないか。すみませんと謝りながら、いつものように僕の髪を梳きながら撫でる藤堂の手に恥ずかしさがまた込み上げてきた。自分の顔が熱くて、紅潮しているのがわかってさらにいたたまれない。 「とりあえず先にチェックインして、荷物を置いたらお参り行きますか?」 「……お前のその、なんでもなさそうな余裕顔がムカつく」  また楽しそうに笑った藤堂に不満をアピールして口を結べば、なだめすかすように頭を撫でられた。結局、藤堂が笑うと無条件にこっちまで浮ついた気持ちになって、すぐ顔に出てしまう。僕の不満は軽くスルーされてしまったようだ。

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