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第532話 決別 14-1

 酔っ払ってなにを話したのかわからないが、見知らぬ人間に気安く名前を呼ばれることがこんなに腹立たしいことだとは思わなかった。  ふらついて歩く彼の腰を抱き寄せて、いまここでこのどうしようもない馬鹿な人にキスをかましてやりたくなる。もちろんそんなことは実際するつもりはないけれど、この苛立ちをどこに向けていいのかわからなくなる。胸の辺りに込み上がってきたムカつきを飲み込んで、代わりに大きなため息を吐き出した。 「ねぇ、ちょっと」  ホールでエレベーターを待っていると背後から声をかけられた。無意識に俺は険しい顔をしていたらしく、振り返った先で呼び止めた人物は苦笑いを浮かべていた。 「なにかまだ用ですか」  振り返った先にいたのは大広間で最初に声をかけてきた男だ。細身で華奢な体型とは裏腹に、意外と立ち上がった時の背は高く、目線を下げることなく視線が合った。こちらを見ながらにこにことした笑みを浮かべている顔は、人好きする雰囲気で自然と周りに人が集まるような気安さがあるように思えた。 「これお詫びに、君にプレゼント」  手にしていたビニール袋を差し出され、それをじっと見ていたら片手を取られそれを無理やりに持たされた。透けて見えるビニール袋の中身はどうやらビール缶のようだ。 「この人、どのくらい飲みました?」 「あ、ああ、確かね。最初に一人で飲んでた缶ビールと、うちでハイボールと焼酎とカクテル系のやつ。四、五杯くらいかな? 途中でかなりやばそうだったから止めたつもりなんだけど」

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