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第534話 決別 14-3
弾いた手が乾いた音を立てるが、男は驚いた様子も見せずに口元を緩める。
「男漁りたいならほかを当たれ」
「ちぇ、やっぱり駄目か。いい男見つけたと思ったのに、残念」
目を細めた俺に男は楽しげな笑みを浮かべる。面白半分というからかいが見て取れて、かなり苛ついた気分になった。けれどそれに乗せられるのも癪で、肩をすくめて笑う男を無視してエレベーターの呼び出しボタンを押した。
一階で停止したままだったそれは間を置かずに扉が開く。後ろから視線を感じるが、これ以上関わり合いにはなりたくなくてさっさとエレベーターに乗り込んだ。閉まり始めた扉の向こうで男はまた笑ってひらひらと手を振った。
「飲めない酒を飲んで、なにやらかしてんだよ。おかしなのに引っかかってんなよ」
八つ当たりに近い言葉を吐きつつ、肩にかけた腕を下ろしよろめいた身体を抱きしめる。すると彼はまたすり寄るように身体を寄せてきた。酔っ払って誰にでもこんなことするんじゃないかと思えば、気が気ではない。しかしスンと鼻を鳴らし肩口に近づけると、彼は腕を俺の背に回して抱きついてきた。
「藤堂」
「匂いで人を判別するなよ」
呂律の回っていない拙い声で名前を呼ばれて、モヤモヤとした衝動的になりそうな、どうしようもない気分に陥る。それでもどうやら誰にでもこうして触れているというわけではないようで、ほんの少しだが安心して気持ちが落ち着く。
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