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第542話 決別 16-3
人を押し倒してキスするほどの勢いはどこへやら、彼は両手を握り締めて唇を噛む。こちらを恨めしげに見つめる瞳は光を含んで潤んでいる。
「知らない連中なんかと飲むからオシオキです」
「そ、それはっ、ちょっと飲んだら勢いついていけるかと思って、でも飲んでも全然酔えなくて、それで声かけられて、ちょっとくらいならいいかなと思ってたら思いっきり飲んじゃって、そしたらあとからグラっときて、それで、あの、えっと」
「佐樹さん、ストップ。息継ぎして」
焦ったように言葉をまくし立てる彼に苦笑してしまう。なにか言い訳を考えてみたものの、なにも思い浮かばなくて完全にパニックを起こしているのだろう。
彼を膝から落とさないよう抱き寄せながら身体を起こすと、俺は子供をあやすみたいにまた背中を軽く叩いた。
「勢いつけてなにするつもりだったの」
「と、藤堂のしたいこと?」
意地悪のつもりで耳元に囁いたのに、俺の反応を窺うみたいに上目遣いで見上げてくる。綺麗な焦げ茶色の瞳を潤ませて、小さく首を傾げるその姿にこちらのほうがかなりぐらりと来た。本当にこの無自覚で無意識なところは心臓に悪い。これを素面でやられたら、いま即行で押し倒す自信がある。いや、こんな自信はいらない。しかし自分の我慢強さをこれほどまでに賞賛したくなったのは初めてだ。
「佐樹さん自分で言ってることわかってる?」
「ん、多分」
俺の問いかけに彼はほんの少し視線をさ迷わせて考える素振りを見せる。本当にわかっているんだろうか、発言が色々と心配になる。
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