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第550話 決別 18-3

「ないですよ」 「本当に?」 「本当です」 「ほんとのほんと?」  何度も同じことを聞き返してから、やっと肩の力が抜けた。よかった、とんでもないことをしでかしていなくて、安心した。記憶がなくなるほど飲んだのは生まれて初めてのことだったけど、記憶がないってことがこんなに恐ろしいものだとは思わなかった。 「あ、あのさ、浴衣着せ直してくれた?」 「ああ、直しましたよ。かなり乱れてしまっていたので、浴衣を直すのに少し帯は解きましたけど」 「そっか」  しかし安心はしたが――でもよくよく考えると、藤堂的には本当はどうだったんだろうか。元はと言えば、最初に迫ってきたというか、触れてきたのは藤堂なわけだから、なんでなにもなかったんだろう。 「佐樹さん?」  身体を起こし、両腕をベッドについたまま俯く僕を、藤堂が不思議そうに覗き込んでくる。その視線に頭を上げて、じっと藤堂の顔を見つめてしまった。 「んー、あのさ。なんで、なにもしなかったんだ?」  酔っ払ってどうにかしようと、僕がちょっと迫るくらいではその気にはならない?  でも僕の視線に首を傾げていた藤堂が、僕の言葉で急にぽかんと口を開けて呆けてしまった。 「え? ちょっと待ってください。なんでその質問が来るんですか」  終いには頭を抱えてなにやら取り乱し始めた。僕はいまなにかおかしなことを聞いたのだろうか。 「本気で聞いてるんですかそれ」 「いや、だって僕は酔っ払ってはいたけど」 「だってじゃないですよ。酔っ払ってたからこそ、なにもできなかったに決まってるでしょう? 覚えていないのは目に見えていたし、あれで佐樹さんが酔ってなかったら、遠慮なく押し倒してましたよ!」

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