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第556話 決別 20-1

 肩口に頬を寄せてぎゅっと藤堂の背中を抱きしめる。力強く抱きしめ返してくれる腕が嬉しくて、胸の鼓動はトクトクと音を早めた。なに気ない瞬間が幸せだなと感じる。 「どうしてこんなに可愛いのかな」 「別に、可愛くなんてないぞ」 「可愛くてどうしようもないですよ。あなたが本当に愛おしくて仕方がない」  照れくささを誤魔化すように言い返したのに、至極真面目な声でそう囁くものだから、胸の鼓動が今度は忙しないくらい速くなってきた。それは痛いくらいだけれど愛おしさが募る。浮き上がる気持ちを誤魔化すように肩口にすり寄ったら、僕の背を抱いていた手が髪を梳き優しく撫でる。  自然と誘われるままに顔を上げて目を伏せれば、唇に温かな口づけが降ってきた。触れ合うだけのキスなのにひどく心が満たされていく。  好き、愛してる、そんな単純な言葉しか思い浮かんでこない。こんな簡単な言葉もわからないと言っていたあの頃の僕は、一体どこへ行ったのだろう。 「離さないから」 「うん」  これからの確証などなにもないけれど。いまこの一瞬が幸せで、この先の未来さえも二人でならきっと歩いていけるはずだと、どこから来るのかもわからない自信だけはある。どんなことがあっても最後に一緒にいるのはきっと藤堂だ。 「佐樹さん」 「ん?」 「目閉じて」  急になんだろうかと首を傾げたら、いいから早くと急かされる。仕方ないので言われるままに目を閉じれば、ごそごそなにやら鞄を開く音だろうか、物音がする。もどかしくて目を開けそうになると、再び閉じてと制された。

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