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第563話 決別 21-4
駅からすぐのところにあるマンションが、ものすごく遠くに感じるくらい気分は重たい。三人ともなにも言葉を発することなく歩く沈黙がさらに辛かった。
マンションにたどり着き、エレベーターに乗り、部屋に入るまで誰も一言も発しなかった。けれどようやく部屋に入ったところで母が僕たち二人を振り返った。
「とりあえず二人ともそこに座って待っていなさい」
リビングのソファを指差して藤堂から荷物を受け取ると、母はそれ以上なにも言わずにキッチンへ入っていく。そんな背中を見ながら、藤堂と二人でこっそり顔を見合わせた。でもこれからどうなるのかと気が気ではない僕とは違い、どこか藤堂は落ち着いているようにも見える。
「佐樹さん」
また立ち止まって動けずにいる僕の背中を藤堂がそっと押す。確かにこうやって動かずに黙っていても解決はしないと、意を決して僕は足を踏み出した。けれど母はソファで待つ僕たち二人をよそに、のんびりと珈琲を落としている。
しばらく無言のまま待つこと多分、十分くらい。なにごともなかったような顔で珈琲を運んでくる母が逆に怖かった。しかし三人分の珈琲をテーブルに置き、向かい合わせのソファに座った母は、僕をじっと見つめて小さなため息をついた。
「さっちゃん、そんなに怯えた顔をしなくても、お母さんとって食べちゃったりしないわよ。時間をあげたんだからそのあいだに言い訳は考えた?」
「えっ?」
言い訳なんて考える余裕は全然なかった。それどころかいまなにを話したらいいのかも全然わからないくらいだ。動揺で目が右往左往と泳いでしまった。
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