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第578話 夏日 1-3

「ちょ、っと」  思わず藤堂の腕を掴むが、すっかり背を向けられてしまい藤堂の表情は覗えない。 「帰らなくてもいいのに」  ぽつりと呟いた間宮の言葉で、藤堂の腕に力がこもった。このままでは振り払われてしまうのが目に見えていた。 「間宮は黙ってろ、藤堂ちょっとこっち」  振り払われる前に腕を引いて廊下へと促せば、抵抗することなく藤堂は大人しくついて来る。  準備室から少し離れ、渡り廊下の辺りまで行くと、僕は周りに人がいないのを確認して振り返った。すると俯き加減だった藤堂もゆっくりと顔を上げた。 「そんなに怒るなよ」  こちらを見る藤堂の顔は眉間にしわが寄っていて、まだ不機嫌さは払拭されていないようだ。でもそんな表情を見ていると、胸の辺りがきゅっと締め付けられるような、むず痒いような不思議な感覚に陥る。ふて腐れている藤堂に申し訳ないけれど、多分そんな彼が僕は可愛くて仕方がないのだ。 「悪い、間宮のやつ学校に着任して以来ずっとあの調子だから、それが習慣づいてて。あー、その、ゆっくりできなくてごめんな」  なにも言わずにじっとこちらを見つめる藤堂の視線に、さすがの僕も焦りが出てくる。しかし自分の授業がない時間、間宮は呼ばずとも準備室にやってくる。もちろん僕がいない時は職員室にいるようだけれど、基本ほぼあの場所に現れる。  そしていまこの昼休みにも、なに食わぬ顔で現れるものだから、学校での藤堂の機嫌は最近かなり悪い。思えば間宮が学校を休み始めたのと、藤堂が僕の前に現れたのはちょうど入れ違いに近かった。もう少し早い時点でこの状況を藤堂が知っていたら、少しは違っていただろうか。

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