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第584話 夏日 3-3

「ケーキならいくらでも入っちゃう」 「あのな、別腹なんて存在しな、い」  軽口をたたくあずみに呆れながら、視線を上げた瞬間。足早に俺たちを追い抜いていく背中が視界に入った。そしてその背中を見た途端、俺は言葉を詰まらせてしまった。 「優哉、どしたの?」  じっと遠ざかっていく背中を見つめ、いつの間にか足を止めていた俺に、弥彦は不思議そうに声をかける。その声に我に返って、なんでもないと首を振って俺はまた足を踏み出した。目の前にあった背中は校門を過ぎ見えなくなった。  楽しげに笑い合う弥彦とあずみの声が少し遠く感じる。二人には気づかれないように息を吐き出し、先ほど見えた背中を頭から追い出そうとするが、混乱し動揺したいまの状態ではそれは叶わなかった。心音が早まり握った手のひらに汗がにじむ。 「……」  学校の前にあるバス停へ向かうために校門を抜け、俺たちはいつものように右へ曲がった。そこでまた俺は息を飲んだ。バス停で佇む見覚えある人の姿。人違いだと思いたいくらい胸の奥にざらりとした嫌なものがよぎる。しかし目の前に見える横顔は見間違えようもなかった。  透き通るような白い肌に日本人離れした高い鼻梁。陽射しを受けて煌く金茶色の髪を首元で結い、淡いブルーのサングラスをかけた目の前のその男は、平凡なこの場所にそぐわない華やかさをまとっていた。  近づく俺たちの気配に気づいたのかそいつはふいにこちらを振り返った。 「うわっ、顔小さい! すごいスタイルいいね。モデルさんかな?」  振り返ったその人を見たあずみは、驚きながらも小さな声で俺たちに話しかけてくる。弥彦もまた少し驚いたように目を瞬かせていた。でも俺は一人、険しい顔をしてその顔を見つめていた。

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