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第590話 夏日 4-5

「俺じゃ無理だったからだよ。どんなに好きでも、彼の気持ちは傾かない、それがわかっていたから、俺は少しでも長く一緒に居られるポジションを選んだ。それが理由だよ。なんか文句ある?」 「……」 「ないでしょ? あるわけない。君は自分でもわかってる。君は佐樹ちゃんのこれ以上ないくらいの特別だ。それなのに、なんでそんなに君のほうが不安そうな顔するんだよっ」  握りしめられていたネクタイがはらりと手の内から落ちると、肩口を強く拳で叩かれた。俯いた月島の表情は窺い知れないが、肩口に置かれた拳が小さく震えていた。 「ほんとにムカつく」  そう呟いて大きく肩で息をすると、月島は顔を上げて俺を睨みつけてきた。けれどその視線に返す言葉が見つからなかった。そんな怒気を孕んだ目を黙ったまま見つめ返せば、月島は俺の肩を突き放しふいと顔をそらしてこちらに背を向ける。そしてゆっくりと前へ数歩進み、短くなった煙草を口にして紫煙を吐き出すと、立ち止まって指から落とされた煙草を足で捻り消した。 「君でしょ」  しばらく俯いていた月島が顔を上げて離れた俺に声を投げかける。けれどその意味がわからず、俺は返事も出来ずに首を傾げた。すると月島は左手を持ち上げて薬指を指差した。 「俺は長いこと傍で見てきた。だから断言出来る。佐樹ちゃんが装飾品の類を身につけたのは結婚指輪と、君が贈った指輪だけだよ」 「え?」 「その意味、よく考えてみれば?」  そう言って上げたままの左手をひらひらと振ると、月島は再び歩を進めた。俺はその遠ざかる後ろ姿を見つめたまま、しばらく身動きもせず立ち尽くしていた。

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