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第600話 夏日 7-2

 そっと唇に触れたぬくもりに思わず目を閉じてしまう。  頭ではわかっている。ひと気がないとはいえ学校で、しかも外でなにをしているのだと理性が問いかける。でもいまは触れたいと思う気持ちが優ってしまった。 「佐樹さん」  柔らかなぬくもりが唇から離れ、耳元で名前を囁かれる。閉じた目を開くと、至極機嫌のよさげな藤堂の顔が目の前にあった。 「藤堂、怒ってない?」  笑みを浮かべている藤堂からは、苛立っているとか怒っているとか、そんな気配はまったく感じられない。藤堂を焚きつけるような真似をした峰岸が悪いのだが、元を辿れば油断しまくりの自分が一番悪いような気もしてふと不安が募る。けれどそんな僕の心の内に気づいているのだろう。やんわりと小さく笑ってから藤堂は様子を窺う僕の頭を優しく撫でた。 「大丈夫、佐樹さんのことは怒っていませんよ」  子供をあやすみたいに優しく触れてから、クシャクシャになるほど髪をかき乱される。くすぐったい感触に驚いて目を瞬かせれば、藤堂はにこりと綺麗な笑顔を浮かべる。 「本当に?」  含みのある言葉に首を傾げると、ますます笑みが深くなった。 「えぇ、本当に」  多分きっと僕には怒っていないけれど、峰岸に対しては腹の奥に苛立ちを抱えているのだろう。綺麗な笑顔の裏にはいつもなにかが隠れている。いまではわかりやすいその感情は、最初の頃はまるで気づかなかった。けれど一緒にいる時間が増えて、間近で藤堂のことを見てきて、やっと言葉にしなくとも感じるようになってきた。 「喧嘩、するなよ」 「殴り合いの喧嘩はしないので心配しないでください」  すかさず返って来た返事に苦笑いを浮かべたら、含みのない無邪気な笑顔を返されてしまった。口喧嘩くらいならいいのだけれど、本当に藤堂と峰岸は水と油だ。

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