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第602話 夏日 7-4

「え、あ……うん」  驚いて瞬きを繰り返す僕を見ながら藤堂は肩を揺らして笑っている。少し気恥ずかしいその雰囲気に顔をそらしたら、じっと顔を覗き込むようにして見つめられた。そしてまっすぐな視線にやたらと僕の心臓は忙しなく動き始めてしまう。 「佐樹さん可愛いね」 「可愛くない」  手首を掴んでいた手が僕の手のひらを握り、優しく繋がれる。ひどく甘やかされているいまの状況がむず痒くて、ふて腐れたように唇を尖らせたら、ますます藤堂の頬が緩んだ。 「可愛いですよ」  優しく微笑まれて、指の先に口づけを落とされる。触れられた場所から熱くなっていくのがわかって、思わず手を振りほどきそうになってしまう。けれどそれは容易く遮られ、指先を掴む手に力が込められた。 「すぐ、戻るんですよね? だったら俺も一緒に行っていい?」 「え?」 「離れたくないって言ったら怒ります?」  多分きっとわざとだと思う。けれど上目遣いに首を傾げる、甘えを含んだその仕草にこちらはまんまと撃沈する。普段のなに気ないギャップにも弱いというのに、こうも甘えを全開にしてこられると抗いようがない。首を横に触れというほうが無理だ。 「ほんとに行って戻るだけだぞ」 「それでも構いません」  嬉しそうに笑われてしまうと、それだけで幸せに浸ってしまう自分がいる。  どうせ校内はいまの時間は人がほとんどいないし、私服の藤堂がいても大して目立つことはないだろう。 「じゃあ、さっさと行って帰ろう」 「そうですね」 「うん……って、これ」  立ち上がった藤堂を見上げ、いざ行こうと歩き出したのはいいが、繋がれた手が離れていかない。それを持ち上げて藤堂の顔とその手を見つめるが、それでもにこやかに笑っているだけだ。僕はその藤堂の笑みにひどく戸惑ってしまった。

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