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第604話 夏日 8-2

「佐樹さん、職員室についたけど」 「えっ? ああ、うん」  繋がれた手をじっと見つめていた僕は、藤堂の声で我に返り慌てて顔を上げた。僕を見下ろす藤堂は驚いた表情を浮かべてこちらを見ている。 「悪いちょっとぼんやりして」 「そういう無防備なとこ見せられると、調子に乗っちゃいますよ」 「は? なに言ってるんだよ」  至極楽しそうに笑う藤堂に眉をひそめたら、あやすように髪を優しく撫でられた。たまに藤堂はよくわからないことを言う。いやこれはもしかしたら僕が疎いだけかもしれない。そう思いながら職員室の戸の前に立つと、握られていた手がそっと離れていった。手のひらの温もりが消えて、少し寂しいと思ってしまう自分に呆れる。 「本当に静かですね。なんだか学校には俺たち以外誰もいないみたいに感じる」  職員室の戸を引いて中に足を踏み入れるが、そこには人の気配はなくしんと静まり返っていた。僕の後ろから室内を覗き込み、藤堂は視線を巡らせている。物珍しげに辺りを見回している藤堂をそのままに、僕は足早に自分の机に向かうと必要そうな書類などを鞄に突っ込んだ。 「いまの時間、学校の中にいる人は少ないかもな」  鞄を肩にかけ藤堂のところへ戻ると、室内に向けていた藤堂の視線がこちらを向いた。 「じゃあ、いまここは俺と佐樹さん二人きりですね」 「そうだな」  廊下に足を踏み出しながらなに気なく返事をしたら、急に背後から強く手を引かれる。それにつられるまま後ろへ下がると、ふいに身体を強く抱きしめられた。背中に感じる温もりに心臓が跳ね上がる。 「どうしたんだよ、いきなり」 「なんとなく、佐樹さんを抱きしめたくなっただけです」 「そんなこと言って、誰か来たら」  慌てて身をよじり藤堂を振り返るが、僕を抱きしめる腕は離れていかない。

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