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第605話 夏日 8-3

「少しでも駄目ですか」  額に優しく口づけを落とされ、肩を抱く手に力を込められると、口先から出る文句もつい途切れてしまう。そしてそんな僕の反応に気をよくしたのか、額に落とされた唇はゆるりと滑り落ちて、頬にも落ちてくる。反射的に肩を跳ね上げた僕を抱き寄せて、藤堂の指先は僕の髪を梳くように撫でた。 「それは駄目だ」  その仕草はキスの前に藤堂がよくする癖だ。流石にここでこれ以上はまずいと、藤堂の胸に手をつき押し返そうとするが、抱き寄せる腕に力がこもるだけだった。 「藤堂」 「静かにしててください」  人差し指を唇に押し当てられて、思わず口をつぐむ。こちらを優しく見下ろす視線を不安な眼差しで見つめると、なだめるように髪や頬を撫でられ、余計に落ち着かない気持ちになってしまった。  嫌だと口で言っている割に、心のどこかで期待している自分がいることに気づいてしまったからだ。 「可愛いよ、佐樹さん」  笑みを浮かべた唇がゆっくりと近づいてくる。抗うこともなく受け入れたそれは、僕の唇を啄みながら、次第に奥へと押し入ってくる。その気配を感じて、僕は腕を伸ばし藤堂の背中に強く抱きついた。 「ン……んっ」  背後の戸に押し付けられ、少し余裕のない表情を見せる藤堂に迫られると、雰囲気に飲まれて少しも抵抗できなくなる。こういう場面になると本当に僕は藤堂に弱いなと思う。でも彼のすることなすこと嫌じゃない。どうしようもないほど好き過ぎて、全部飲み込まれてしまいそうな気がする。 「佐樹さんなに考えてるの」 「……」  ふいに離れた唇を名残惜しく見ていると、小さく笑った藤堂が僕の目を覗き込んでくる。まっすぐなその視線が気恥ずかしくて逃れるように俯いたら、指先で容易く向き直された。

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