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第606話 夏日 8-4

「よそ見、しないでください」 「そんなんじゃない」  わかっているくせにそんな風に言う藤堂はずるい。肩口に額をすり寄せたら、包み込むように抱きしめられた。  陽も傾いて来たとはいえどまだ蒸し暑さはある。それでも相手が藤堂だというだけでそれすら気にならない。間違いなくほかの人間だったら暑いと文句がこぼれているだろう。でも藤堂だと嬉しいのだから不思議なものだ。柔らかな香りがいつもより強く感じる。 「お前が目の前にいるのに、お前以外のこと考えるわけないだろ」 「……佐樹さん、あんまり可愛いこと言わないで」 「ちょっ、待った、藤堂?」  困ったように眉を寄せた藤堂は、急に僕の首筋に噛み付いた。そしてさらに噛み付いた場所を舐められて、驚きのあまり僕の声が裏返る。噛み付かれた場所がなんだかムズムズとする。 「藤堂、くすぐったい」 「くすぐったいだけ?」 「えっ? あっ」  再び首筋に顔を埋められて、過剰な反応してしまう。しかも気づけばワイシャツのボタンがひとつ外されていた。隙間に滑り込んだ指先にびくりと僕の身体は跳ね上がる。 「駄目だって」  じわじわと熱くなる頬は誤魔化せなくて、目の前の身体を押し返すがそれでも藤堂は離れていかない。それどころか押し返す手を取られて指先に口づけられた。 「その割にはそんなに嫌そうじゃないけど?」 「それでも駄目だ。ここじゃ駄目だ」 「……ここが嫌なだけで、こうされるのは嫌じゃないってことですか?」  指先で鎖骨を撫でられる感触にさえドキドキとしてしまって、なんだか頭の中が真っ白になってわけがわからなくなってしまいそうだ。とりあえずこの状況から抜け出したくて、必死で頷いたら笑われた。 「すみません。少し悪戯が過ぎたみたいです」  ようやく藤堂が離れたのと同時か、静かだった空間に誰かの足音が響いた。

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