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第607話 夏日 9-1

 静まり返っていた空間に響いた足音はそれほど大きなものではなかったけれど、僕の心臓を跳ね上げさせるには十分なものだった。慌てて目の前の藤堂を押し離し、僕はその音に耳を澄ませた。ゆっくりと近づいてきたそれは、想像した通り職員室の前で止まる。開かれたままの戸の向こう側に靴先が見え、たったそれだけでもうるさいほど心臓の鼓動は早くなる。 「あれ? 西岡先生?」  職員室に入ってきた人物は一瞬、藤堂を見て驚いたように足を止めた。そして今度は戸に背を預けていた僕を見て目を丸くした。居心地悪そうにしている僕に首を傾げながら、彼は僕と藤堂を見比べる。 「お客さん?」 「え? あ、まあ」 「あ、そうだ。これ渡しておきますね」  ぎこちなく頷く僕を特に訝しむこともなく、彼は思い出したように手元に持ったファイルに挟んでいたプリントを一枚僕に差し出す。 「詳細書類です」 「あ、ああ」  じゃあ、と言って職員室の奥へ足を進める彼の背中を目で追いながら、僕は片手で藤堂を職員室の外へと追い出した。不満そうに口を尖らせていたけれど、あえてそれを見ないふりする。いまはまだ藤堂に気づいていないようだけれど、なにかの拍子に気づかれては困る。 「西岡先生」 「え?」  そろりと足を忍ばせ職員室を出ようとしたところで、急に声をかけられて肩が跳ね上がった。その声にゆっくりと振り返れば、さすがに挙動不審な僕が怪しく映ったのだろう、彼は怪訝な表情を浮かべていた。 「当日よろしくお願いしますね。楽しみにしています」 「ああ、もちろん。こちらこそよろしく」  手渡されたプリントを持ち上げ返事をすると、彼は満足げな笑みを浮かべた。

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